金田一耕助の長編推理、第四作。サスペンスとロマンに溢れた作品。

昭和四十七年十二月三十日　九版昭和五十二年七月三十日　四十二版　終戦後のある日、神戸で育った青年田治見辰弥は、これまで一度も耳にしたことが無かった故郷からの使者と相対していた。それによれば、《八つ墓村》――山陰の山村だというその村こそ、彼の生まれた場所なのだという。

戦国時代、八旗の落ち武者が隠した財宝が眠るという伝説の残るこの村から、幼い彼を抱いた母は出奔した。彼女は辰弥に事情を一切語らずに亡くなったが、それもその筈で、影には身も凍るような恐ろしい惨劇が隠されていたのである。

要蔵――つまり彼の父は、村の地主田治見家の主であった。しかし二十余年前、狂気の中で三十二人の村人を惨殺し、そのまま失踪したのだという。村人によれば、八旗の落ち武者を討った呪いが要蔵を狂わせたとしか考えられない。母、鶴子は妾でしかなかったが、村人の追及を恐れて村を離れるしかなかったのだ。

そして今、田治見家の嫡流が途絶えんという事態の中、辰弥の捜索が急務になったという事らしい。

しかし、帰郷を決意した彼の眼前で次々と繰り広げられる血の惨劇。村人は恐れ、古の呪いの再現だと騒ぎ始める･･･。

言わずと知れた日本推理小説界の雄。

日本的な怪奇趣味と欧米のミステリにも遜色ないトリックを、独自のテイストで融合させた作品を発表し、一時代を築いた。

神戸で生まれた横溝は、少年時代から三津木春影による翻案物の探偵小説などに親しみ、作家になろうと思い立ったという。

デビューは一九二一年（十九歳）、短編『恐るべき四月馬鹿』を書き上げて、雑誌《新青年》の懸賞に応募、一等入選を果たした。

一九二六年、江戸川乱歩に招聘され上京、博文館に入社。乱歩の後を受け雑誌編集長等を歴任するかたわら、執筆にいそしむ。

一九三二年に博文館を退社して作家活動に専念。しかしすぐに胸を患い、長野県へ転地療養を余儀なくされる。

一九三五年、およそ一年半の療養の後に立ち直り『鬼火』や『真珠郎』などの傑作をものにする。

戦時中は国家権力によって探偵小説が「退廃芸術」の烙印を押され、発表がかなわない時期が続いた。横溝は検閲を逃れるための捕物帳（人形佐七捕物控）等を書き、何とか糊口をしのいでいた。横溝にはこの時代が一番不遇だったが、しかしそれが後に大きく飛躍する力を彼に蓄えさせた。横溝は密かにトリックを練り、大作の構想をいくつもまとめていたのだ。このとき横溝を支えていたのは、いつか海外作品に遜色のない本格推理を物にしようという情熱だった。

終戦間近の一九四五年四月（昭和二〇年）より三年ほどの間、岡山県真備町へ疎開。そこで玉音放送を聞いた。その情熱に歯止めをかけていた国体の崩壊と同時に、横溝は競走馬がゲートから飛び出す様に猛然と筆をとり、本格推理長編の名作を連発する。

一九四八年、『本陣殺人事件』で第一回日本探偵作家クラブ賞を受賞。その後『悪魔の手毬唄』あたりまでの十年ほどの間、とんでもない勢いで名作のラッシュが続く。『獄門島』や『犬神家の一族』『八つ墓村』など、後にブームになった「金田一もの」は、殆どこの黄金期に書かれている。

一九六〇年代以降、社会派推理の台頭と共に長い低迷期に入るが、角川書店で文庫化されるや再びブームとなり『犬神家の一族』をはじめとする黄金期の作品が次々と映画化された。

これに伴い著者自身の執筆熱も再燃し、『仮面舞踏会』『病院坂の首くくりの家』『悪霊島』など、往年のスタイルに基づく作品群が生み出された。この時、後に作家となる少年少女の胸に新本格推理の種が蒔かれたのは確かで、これもまた著者の功績の一つであろうと思う。